ここで登場してきたのは富士通の国家プロジェクト主席部長、藤本部長。これまで担当していた富士通
の担当部長たちは彼が現れると、明らかに態度が変わり、ヘコヘコモード最高潮だった。
最初に紹介されたとき、
「はじめまして藤本です。
なんだか大変そうですね」
ニッコニコの笑顔で接していただいた。

身長が高く、体格はがっちりしていて、太極拳の師範をしているとのことだった。彼は富士通の中で
も、国家的なプロジェクトとして位置づけられる案件に、ふらりとひとりで参画してくる。これまで
社会保険庁のプロジェクトや、大手キャリアのプロジェクトなど、社会的影響度の高いプロジェクト
の危機に登場し、事態を収拾して去っていくということだった。
「真田さん、困ったことがあったら何でも言ってください」
藤本部長は僕らの会社に度々訪れてきて、プロジェクトのSEたちにマメに声をかけた。

彼のマネジメント手法は独特で、顧客、富士通サイド、僕たち開発サイドの主要メンバーたちに毎日
情報を送り続けた。総勢100名以上の相手に対して現状認識、現状動向を送り続ける。富士通の役員
や上層部も含まれたそのメールには、それは問題になるだろと思われるメーカーに不利な情報も満載
されていた。藤本さんは社内でも敵だらけで、歯に衣着せぬ言葉で一刀両断してきたらしい。顧客に
も、それを言ったらマズイだろというようなことも平気で情報発信した。揉めながら、それでもどち
らからも信頼を勝ち取るのだった。

「我々メーカーサイドに能力が足りないメンバーがいたのでクビにしました」
「お客様には大変申し訳ないですが、この件については、口出し無用です」
といった具合だ。

僕はシステム負荷が高じた責任者と見なされ、徹底マークされた。またよく怒鳴られていた。
「真田、すぐ降りてこい!」
顧客の事務所1階にプロジェクトルームがあり、藤本さんは気に入らないことがあると、その甲高い
大声で呼び出すのだった。

藤本さんは、僕が思ったより冷静にプロジェクトを見ていると感じてくれたのか、その後、関係はす
こぶる良好になった。彼は僕よりひとまわりほど年上で、エンジニアに対する愛情が人一倍強く、社内
社外関わらずメンバーを大切にする言葉を発し続けた。ある大手キャリアのシステム構築を日本で
はじめて手掛けた時のことを話してくれた。
「うちの会社の人間がよく死ぬんですよ。」
「6人死にました。ガッハッハ」


徹夜とストレスまみれのプロジェクトで、課長、課長補佐クラスの人材が立て続けに亡くなったそう
だ。笑ってはいるが、藤本さんも倒れて半年近く入院されたそうだ。今回のプロジェクトのあと、
藤本さんが別のプロジェクトに参画して徹夜していると聞きおよび、栄養ドリンクを10ケースほど持ち
込んだら、本当に喜んでくれた。

座礁に乗り上げた僕たちのプロジェクトは納期がそこまで迫り、これを違えれば責任問題必至の事態と
なっていた。レスポンス問題(システムが遅い)はシステム要件の緩和や、チューニングによって改善
が進んでいた。最終的な問題は、機能が多すぎることだった。本来は要件定義の段階で切り落とさなけ
ればならない問題だし、それは僕にも大きな責任があると思っていた。大阪コテコテ理論に何度も負か
されてしまった結果だと受け止めている。ただシステム稼働が出来ないとなれば、顧客側の責任も重大
で、譲歩を見せてきていた。

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