新しい会社の名前はポライトシステム。全員で社名の候補を考えたが、最終的には長門さんの
案が採用された。6名でスタートした会社は設立して間もなく、古巣の会社から基幹システム
再構築の仕事を受注した。やはり長門さんの力なくして現行システムの再構築は難しいと判断
されたようだった。
ただ6人の会社が請け負える仕事の量も限られるが、外部リソースも使いながら開発構築を進
め、数億円規模の仕事になった。ちょうどバブルがはじけた頃と時期を同じくし、不況という
現実とは大きくかけ離れた、また忙しく、眠れない日々が続いていくのだった。
この仕事で僕は初めて挫折を味わう。長門さんの能力は追い付けないほど高く、どうにか食ら
いついていたが、そのシステムはやはり巨大で、開発はしたものの、精度を上げて稼働に漕
ぎつけるスキルを持っていなかった。正確に言えば、精度の高いシステムが稼働できるスケ
ジュールが引けていなかった。何度もスケジュールに間に合わせることが出来ず、長門さんを
イライラさせていたし、がっかりもさせていた。
結局、大きな金額で受注した古巣のシステムは予定どおり稼働させることが出来なかった。
ただそれは逆に古巣の会社の体制の問題として帰結し、僕らの問題として扱われることはなかった。
1年後には採用を重ね、会社の規模は30人を超えたくらいのサイズになっていた。僕たちの会
社は、いわゆるシステムインテグレーターと呼ばれる事業内容で、企業の全体システムを要件
分析して、システム化構想、開発、構築する業務全般を担うなかなかハードな仕事だ。だが仕
事内容は高度でもあり、企業のトップと会話する機会も多く、達成感のあるものだった。
その後の仕事は順調に進み、ある日、長門社長からファウンダーみんなに相談があった。
「この先、みんなどうしたい?」
「会社を大きくしたいのか、それともスペシャリストとして稼いでいくか」
中垣副社長は、笑みを含んでいたが、
「やっぱり大きくしたいよね」
僕も他のメンバーも同じ意見で、みんな首を縦に振った。
今思うとこれも大きな分岐点だったと思う。この質問の根底には、さまざまなものが潜んでい
たように感じ、みんな30歳前後で前しか見ていないし、見えていない。ただ、長門さんについ
て行けば大きな飛躍があるはずという、漠然とした期待があったように振り返ることができる。