長門さんはK大出身、長髪のナンパな男で、
広島の田舎から出てきた僕にとって、東京弁をさらに軟弱に使う最初の印象は、かなり物足りなさを抱いたことを覚えている。田舎者の僕には、強烈な広島弁が言葉に大きな説得力を持たせるのだろう。
ただ彼は仕事が出来た。
彼が以前所属していた情報システム部にはいくつも伝説が残っていた。
伝説というと大げさだが、大手コンピュータメーカーの出来の悪いことで有名なマニュアル数百冊を自宅へ持ち帰りすべて目を通し、メーカーSEを凌駕する知識を身に着けた。
スキルの高い先輩SEが苦労していたプログラミングをいとも簡単に完成させた。K大同級生の話では数理系の能力は群を抜いていたとの噂もあった。
また彼の仕事ぶりは異常だった。
毎日、夜中まで勤務、もしくは徹夜もいとわない。所属はあくまで本社財務所属。
ただ会計プロジェクトではサブマネージャーを務め、プロジェクトの開発スケジュールや進捗にも関わり、新しい会計システムの全国展開・広報にも携わり部門間の調整に奔走していた。
財務・税務の知識もちろん、システムスキル、持ち前のプレゼン能力、これらが合わさっているからこそ、今回のシステム完成度が高いのだろう。
現在では会計システムを自社向けに開発するなどありえないが、このプロジェクトの開発予算は当時で4億。現在の価値に置き換えると2倍くらいになるだろうか。。当時は社内向けだけのシステムに相当な資金を投じて構築する事例も珍しくなかった。
長門さんは、すでに何日も徹夜が続いていた。
彼は自身でシステムの要となるプログラムを設計・作成していた。昼間は財務として活動し、その開発とデバッグを夜だけ行うようにしており、暗くなってから僕たちの情報システム部にやって、端末の前に向かった。
翌月に新しい会計システムの稼働を控え、稼働の是非を問うテストを繰り返していた。長門さんと開発を委託された協力会社の技術者など数名で最終の検証が行われていた。
僕は直接的には役に立っておらず、夕食の調達や、片付けなどの周辺の手伝いなどしていた。
そんな中、長門さんがevaluate文の誤動作に気付いた。プログラミング言語の中にも新しくリリースされるコマンドや文法にはバグが含まれることも多く、それが誤作動し、システムで想定外の結果を生んでいた。
予定していたスケジュールでのシステム稼働は叶いそうだが、
大事をとってカットオーバーは見送り、延期となった。
長門さんは、
「全力を注いでダメなら仕方がない」
と、僕が買ってきたテイクアウトの牛丼を食べながらポツリといった。
なぜ彼はそんなに頑張るのか、頑張ろうとしているのか知りたくなった。
僕は生まれてはじめてこんな人に出会った。