その後、会計システムは全国を二分し2週に渡っての分散稼働で、大きなトラブルはなく、
新しい会計システムは無事稼働した。稼働後、長門さんは情報システム部のメンバーたちと、
しこたま飲んだ。本社のおじさんたちよりも、若い年齢層の僕たちの方がウマが合うのだろう。

そこで一度、長門さんに聞いたことがある。
これまで仕事に力を入れる人は何度か見たことがあるが、この人は他の誰とも違って見えた。
その理由が知りたかった。

「なぜ、そこまで働くんですか?」

長門さんは少し考えてから、
「他の人からは見過ごされがちだけど、重要な仕事。というのがあると思うんだよ」
「それを自分の力で成し遂げたい」
とポツリと話してくれた。

「仕事はひとりで決まる。と思っている」
とも付け加えた。

年度が明け、新しい情報子会社が設立された。情報システム部のメンバーはほとんどが子会社
へ異動となり、外部採用で技術者を募り本社からは幹部が数名やってきた。長門さんは30歳
の部長として異動してきた。当時、新聞にも掲載された。

全体の陣容で50名ほど。
組織としては、これまでどおり商社の基幹システムの保守部門と、新たに外部から開発受託
する部門の2つで構成された。僕は長門さんが統括する開発受託の部門に所属することになった。

長門さんは既存の基幹システムのこともよく熟知しており、あれだけ巨大なシステムを俯瞰し
て見れているようだった。僕はまだプログラマーレベルのSEでしかなく、難しいプログラムに
直面するとかなり苦戦してしまう。

ある夜、僕がまた端末の前でプログラミングに悪戦苦闘していると、長門さんは僕の横に座って、
「これ、難しいよな。」
と言いながら、
「こういうふうに修正するといいはず」
と言いながら、IF文の分岐のさせ方を手取り足取りのレクチャーを受けた。

長門さんは、これまでの僕の人生の登場人物とはまったく異なっていて、ひたすら自分の思う
道を突き進み、困っている人がいれば手を差し伸べる。誰もがスゴイと認める長門さんが、
僕に丁寧に教えてくれることが、本当に嬉しかった。高揚する思いと、こんな人と一緒に仕事
が出来る喜びをかみしめた。

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