外部採用で僕らの情報子会社に、若いメンバーがたくさん入ってきた。僕より少し年齢の若い
メンバーたちは他の会社でSEをしていたひとたちだ。彼らは早々に新しい環境に慣れ、仕事を
やりやすくしてくれた。彼らは僕との関係性にも気を遣ってくれて、一緒に頑張り甲斐がある
陣容だった。

「真田さんにそんなことをさせるわけには行きません」
「僕がこれをやっておきますから、先へ進んでください」

そんな具合だった。 僕は仕事を貪欲に吸収しながら、若いメンバーたちのまとめ役となり、
チームとして動くための扇の役割を果たすようになった。長門さんはその部門のリーダーなの
で、彼から全体に意思決定や考えが伝わり、僕がそれを推進する役割のようなものが出来上が
ってきた。それで長門さんは僕に伝えれば、みんなが機能するという仕組みが徐々に出来上が
り、重宝するようになった。

会社の上司や同僚に、こんなに楽しい仲間ができるとは思ってもいなかった。会社へ行くのが
楽しいと感じる稀有な期間だった。僕ははじめて存在価値を認められた気持ちになり、入社し
て長く続いていた無為の日々とは、さよならすることが出来た。仕事もたくさんこなしたが、
若いメンバーとは毎日のように飲みに行っていた。

新しい子会社での最初の大きな仕事は、情報システム拠点の移転だった。
東京中央区にある本社システムのマシンルームは、お世辞にも整ったものとはいえず、古いグ
ループ会社がいくつも入っているビルの2階に設置されており、重いコンピュータを配置して
おくには、耐荷重の問題など以前から課題を突き付けられていた。

新しく川崎にあるインテリジェントビルへ、丸ごとマシンルームを移転するというプロジェク
トが発足した。マシンルームの拡張、ホストコンピュータの大型化、DISKの増設、ネットワ
ークの切り替えなど、一気に新しい設備へ切り替える作業だ。

多岐にわたる業務システムが社内で稼働しており、それらはメガバンクのシステム規模に近い
サイズとなっており、開発資産やデータをバックアップして、移転先へ持ち込む必要がある。
ただ移転日当日は、必要最低限のデータだけをインテリジェントビルへ持ち込み、正常稼働さ
せた上で通常業務を早期に定着化させる作業となる。

移転日の前々日、僕と長門さんのふたりで重要なバックアップデータを4つアタッシュケース
に詰め込み、中央区のマシンルームを出たのは、未明の2時頃だった。
川崎のインテリジェントビルへは車で向かう。長門さんは学生時代、カーレースをやっていて
車の整備などもやっていたらしい。車はその面影が残っている赤いCELICAで、オーバーフェ
ンダーや太いタイヤまわりはかなり目を引く。僕たちは車に乗り込み本町から高速道路へ入った。




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