その後の富士通との交渉は頓挫しそうになったり、延々と長引き、決着がつくのかさえ見通せ
なくなっていた。会社の進むスピードは更に増して、僕がまだ辞表を出せないでいる中、新た
な異動命令が下った。新規事業の本部長として任命され、断ることも出来ず新規事業のほうへ
注力していった。

新規事業は顧客管理システムという新しい概念のプロダクトビジネスで、現在のセールスフォ
ースが行っているような原型と捉えることができる。まだインターネットがそこまで実用化さ
れていない時代だったので、Saasのようなビジネス形態はもう少し後に登場することになる。

僕は組織立ち上げとともに、人材の採用、他部門からの転籍などで30名ほどの体制を作り上
げ、少しずつ売上を獲得できるまでに1年近くを要して事業部の体を整えた。

そんなある日、会社の株価が急激な下落を見せた。ストップ安が連日続いた。理由はポライト
システムの資金繰りが悪化しているのではないか。との噂が流れたのだった。

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