以前読んた向田邦子の小説で、彼女の体験談に下記のようなものがある。
なぜか、ふとその一節を思い出した。
夜タクシーで帰宅することにし、
自宅のアパートの前で止めてもらった。
「ご苦労さま」
と声をかけ、料金を渡すために運転手に右手を差し出した。
運転手はかすれた低い声で、
「いいのかね?」
「いいわよ、どうぞ」
たかだか五十円のチップである。
しかし、運転手はもう一度、念を押すのである。
「お客さん、本当に真に受けてもいいのかね?」
「おおげさに言わないで下さいよ。こっちが恥ずかしいわ」
と笑いかけてハッとした。
右手にあるのは部屋のカギだった。
料金の五百円札は左手に握られていたのだった。
平謝りに謝り、タクシーがタイヤをきしませてターンする音を聞いていた。。
この運転手が発した 「いいのかね?」
という言葉は、このとおりの言葉だったのだろうか?
ひょっとすると、
「えっ?」 だったかもしれないし、
「何?」 だったかもしれない。
しかし情景を多少愉快に伝えるには 「いいのかね?」 は、
てきめんの効果があるように思う。
向田邦子さんのサービス精神のようなものが、垣間見れる内容かもしれない。